Mystica Amber Glen
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私たちのストーリー

メゾンの記憶

広告は一度も出さなかった。口から口へ、手から手へ渡っていった。
創業 1973
1973

1973年の秋、植物学者のHenri Morinと画家のSylvie Auclairは、パリ6区のリュ・ボナパルトにある小さなアパルトマンで初めて出会った。Henriはグラースのフラゴナールでラベンダーとチュベローズの蒸留を研究しており、Sylvieは南仏の光と影を描くためにプロヴァンスとパリを往復していた。二人が最初に作った香りは名前もなく、ただ「1973年十月の試作」と手書きされたガラス瓶に入っていた。シダーウッド、乾いたイチジク、かすかなアンバー。それがMystica Amber Glenの最初の一滴だった。

1980

メゾンが本格的に動き出したのは1978年のことで、HenriとSylvieの娘Célesteが生まれた年でもある。Sylvieが手がけた水彩画のラベルを貼った最初のコレクション「Eaux de Mémoire」は、リュ・ボナパルトの小さな棚に並べられ、近所の画廊オーナーや詩人たちの間で静かに広まった。広告は一度も出さなかった。口から口へ、手から手へ渡っていった。1989年にHenriが他界した後、Sylvieはしばらく製造を止めた。二年間、アトリエは閉じられたままだった。

Céleste Morin
代表 · 1973
Céleste Morinは1978年、パリ6区生まれ。植物学者の父Henri Morinと画家の母Sylvie Auclairのもとで育ち、幼少期からアトリエの蒸留器とグラース産の原料に囲まれた環境で育った。グラースのISIPCAで調香の基礎を学んだ後、ロンドンの老舗香水店フローリスにて調香師Alistair Coombesのもとで三年間修業。1999年にパリへ戻り、母とともにMystica Amber Glenのアトリエを再開した。代表作は「Figuier 1973」と「Brume d'Octobre」。休日は11区の市場でドライハーブを探し歩くことが習慣で、「素材は市場で見つかる。ラボでは見つからない」が口癖。